問いを変えることで、見えてくるもの
ユーザーの声から、意思決定の構造へ
PRODUCT: electric vehicle
ROLE: user experience strategist
TYPE: generative research | product strategy
METHODS: quantitative survey | user interview | qualitative analysis

はじめに:本編の読み方
ここでは、結論(アイデア)そのものよりも、そこに至るまでに 問いを整え、チームが判断できる形にしていくプロセス に焦点を当ててます。
EV(電気自動車)普及の文脈では「充電インフラが足りない」とよく語られます。ですが本プロジェクトで扱ったのは、その事実を「課題」として固定する前に、それが ユーザーにどんな負担として受け止められ、どこで意思決定が止まるのか を読み解くことでした。
本編では、ユーザー調査から見えてきたことを先に示し、その後で、ユーザーの声をどう判断材料に変換したかというプロセスを辿ります。
補足:本稿の前提について
本記事で扱う内容は、米国市場の生活様式・価値観・住環境を前提としています。他国の市場にそのまま適用できるものではありませんが、認識の構造に注目するアプローチ自体は、文脈が異なる場でも応用できると考えています。

最初の問い:なぜ、行動に移せないのか
EV普及をめぐる議論の多くは、「充電インフラが足りない」という課題認識から始まります。
それは事実として正しい。設備が足りなければ不便です。コストも高い。自宅に充電設備を持てない人も多い。
けれど、こうした「正しい課題認識」だけでは、説明しきれないことがありました。
当時、私たちは、どの層が・どの場面で・なぜ踏み切れないのか、まだ分かっていませんでした。そこで対象を決め打ちせず、EVに関心がある層から所有者まで幅広く 当たりながら、行動が止まる瞬間と、その背後にある前提や判断基準を探ることにしました。
ここで採ったのが、ジェネラティブ・リサーチ*(探索型リサーチ)です。あらかじめ「答え」を決めず、「充電インフラが足りない」という課題設定を一度保留し、もう少し広い視野で「何が起きているのか」を見つめる。そうすることで、見えていなかった構造が浮かび上がってくる可能性があります。
私たちは、課題を前提として固定せず、その課題がどう認識されているか から探索を始めることにしました。
何が見つかるかは、わかりませんでした。
でも、それこそがこのアプローチの本質であり、面白さなのです。
* 探索段階で「何を問うべきか」を見つけるための調査。解決策を検証する前に、解決すべき課題そのものを探索する。「正しいものをつくる」ための段階であり、「ものを正しくつくる」段階(評価型リサーチ)とは異なる。(i.e., making the right thing vs making things right)

負担の境界線:どこで意思決定は止まるのか
ヒアリングを重ねる中で、私たちが予想していなかったことが見えてきました。
まず見えてきたのは、「負担の捉え方」の境目でした。
すでにEVを所有している人たち――とくに環境意識が高い層――は、EVに伴う手間を「避けるべき負担」というより、価値ある選択に付随する現実的なコスト として引き受けていました。時間がかかることも、計画が必要なことも、わかった上で折り合いを付けている。
正直、これは驚きでした。
私たちは、「何が不便なのか」を明らかにしようとしていました。けれど、実際に見えてきたのは「不便さを引き受けている」という事実でした。一方で、同じように環境への価値を重視していても、まだ所有に至っていない層では、大体の手間は引き受けられるけれど、「自宅で」充電できないことが「価値の実現を妨げる障壁」となっており、意思決定が止まっていました。
これは、振り返ってみれば納得できる構造でした。環境問題を重視する人ほど、環境のための手間を引き受ける。けれども、その手間が価値の実現そのものを妨げるようになれば、引き受けられなくなる。
でも、調査を始めた時点では、この構造は見えていませんでした。
重要だったのは、障壁(充電の不便さ)を「ゼロにする」ことではなく、どこまでなら負担として許容され、どこから先で意思決定が折れるのか という境界線を捉えることでした。
そこから見えてきたのは、コミュニティの力を借りて負担を少しでも下げられれば、意思決定の境界線をまたげる可能性がある という筋でした。
実際、一部のユーザーは、友人・家族・近隣住民がEVを所有し、充電環境が身近にある状況では、充電の不便さをさほど大きな問題として捉えていませんでした。社会的なつながりと地理的なコミュニティが、認識される障壁を和らげていたのです。
この発見が、後の方向性を決めることになりました。
では、この示唆をどう事業機会として扱い、どう検証していったのか。次の節で、その道筋を辿ります。

市場機会の再定義:負担を「減らす」から「調整する」へ
ユーザー側の「負担の許容(どこまでなら引き受けられるか)」が見えた時点で、事業として問うべき対象は「充電器を何台増やすか」だけではなくなりました。
米国市場では住環境の差が大きく、自宅充電の可否が体験を決定づけます。その結果、同じ「充電課題」でも、人によって負担の重さが大きく変わる。
また、給油体験(短時間で完了する補給)を基準にすると、充電は時間の幅や見通しの立てにくさが目立ち、心理的な負担として増幅されやすい。だからこそ、インフラ整備に加えて、負担の感じ方そのものを調整できる余地 が、市場機会として立ち上がると考えました。
そこから見えてきた方向性は、充電を「増やす」だけではなく、既存の生活環境や人と人との関係性を活かして負担を分散する という筋でした。
![Two framework diagrams
First diagram - "PRODUCT OPPORTUNITIES"
Red text: "Top 3 product opportunities were identified through ideation sessions and analysis of product requirements (p.11)"
Three boxes with icons:
"NEIGHBORHOOD EV CHARGING CO-OP" - Provide guides and a platform that allows neighbors to start and maintain a closed group of shared EV charger networks.
"SHARING PRIVATE EV CHARGERS" - Provide a platform that allows EV drivers to rent out their home charging stations to their neighbors.
"SHARED EV EXPERIENCE IN A NEIGHBORHOOD" - Provide a shared space that allows residents to co-own and co-use EVs and EV chargers.
Small text: "Icons by Freepik"
Second diagram - "RESEARCH METHODS"
Shows research flow diagram with boxes connected left to right:
"Domain research" → "Trend analysis" → [Red boxes: "User interviews", "Stakeholder interviews", "Field observation"] → "Value analysis" → "Competitor analysis" → "Product strategy"
Legend showing:
Red box: Primary research
White box: Secondary research
Black box: Syntheses of research](https://cdn.prod.website-files.com/65b3f97bc0a7ba11f49c439c/6671fff195237be3a4a1604f_Slide5.png)
プロセスの意図:なぜ、この順番で進めるのか
では、どのように進めたのか。
本プロジェクトは、探索型の調査を核にしたイノベーション・プロセス** の前半にあたります。段階的に調査を進め、断片的な声をチームが判断に使える形に整えるための流れです。
この順番で進める意図はシンプルです。
市場の前提を整理し(トレンド分析)、個別の声を丁寧に聞き(ヒアリング)、判断に使える形に整える(価値の整理・競合分析)。
そうすることで、発話をそのまま「好み・感想」で終わらせず、生活文脈に置き直して、チームが意思決定に使える材料へ整えやすくなります。
** デザイン思考(Design Thinking)や人間中心設計(Human-Centered Design, HCD)として知られる問題解決の枠組み。探索→仮説化→検証→具体化の段階を経るプロセスで、製品開発から事業戦略まで多様な領域で活用されている手法。

トレンド分析:次に確かめるべきことを絞る
最初に取り組んだのは、トレンド分析でした。政治・経済・社会・技術・環境といった外部要因を整理し、米国市場における「当たり前」を言語化します。
ここでの目的は、情報を並べることではなく、次に誰に何を確かめるべきか を決めることでした。
たとえば、
- 住居形態の差(ガレージのある戸建て/集合住宅)で、充電の選択肢が大きく変わる
- 充電技術は進歩していても、「いつ・どこで・どう充電するか」の見通しが立ちにくい不安が残る
といった前提が見えてきました。
この整理から、次のステップでは「充電器が足りない」一般論ではなく、住環境や移動パターンの違いによって、負担の感じ方がどこで変わるのか を確かめる必要があると判断しました。

ヒアリング:言葉の裏を探る
トレンド分析で市場の前提を整理したことで、「誰に、何を聞くべきか」の方向性が見えてきました。
私たちは、EVドライバーに加えて、EVに関心はあるものの導入には慎重な人たちにもインタビューを実施しました。さらに、充電の設置や運用に関わる専門家にも話を聞き、ユーザー側の認識と供給側の現実が噛み合っているかを確認しました。
探索型リサーチのヒアリングは、完全に白紙で臨むのではなく、仮説を持ち込み、検証し、必要なら更新する ための場です。仮説が崩れたときは、その崩れ方を手がかりに、次に確かめるべき問いを絞っていきます。
そのために、「何が不便ですか?」という直接的な問いではなく、行動の背景にある前提や期待を引き出す、余白のある問い を使いました。***
たとえば、「EVについてどう思いますか?」のような評価を求める問いではなく、「最後に遠出した場面を振り返ってもらう」ことで、計画の立て方や不安の出どころ、当たり前として置かれている前提が見えてきます。
そして、ここで見えてきたのが、先ほど触れた「負担を引き受ける人たち」という、予想外の構造でした。
*** この問いかけの手法は、文化人類学のエスノグラフィーで確立された技法と、行動科学の理論を組み合わせたものです。エスノグラフィーの技法は、余白のある問いかけでユーザーの認識を描き出すことを可能にします。行動科学の理論は、そこに現れた意図・動機・価値観を解釈する枠組みを与えます。私にとって重要なのは、表明された意見そのものではなく、その意見に至った思考のパターン(メンタルモデル)です。これを捉えることで、ユーザーの行動や感情をある程度予測できると思っています。

価値ギャップ分析:満たされていない「価値」を特定する
ヒアリングから得られた示唆は、まだ断片的でした。
「充電が不便」「時間がかかる」「自宅にない」――これらはすべて事実です。ですが、このままだと「要望リスト」として扱われてしまい、意思決定の材料にはなりにくい。
そこで用いたのが、価値ギャップ分析†(Value Opportunity Analysis) という手法です。
この手法は、ユーザーの声を「欲しい機能」ではなく、その背後にある判断基準(価値)として整理 し、どこにズレ(満たされていない価値)が残っているかを構造として扱えるようにします。
†Value Opportunity Analysis (VOA)は、ユーザーにとって重要な価値(独立性、快適さ、信頼性など)を特定し、既存の製品やサービスがどの価値を満たしているか・満たしていないかを評価する手法です。日本語では「価値機会分析」と訳すこともできますが、本稿では「機会」よりも「ギャップ(満たされていない領域)」に焦点を当てる意図を明確にするため、価値ギャップ分析と呼んでいます。具体的には、23の価値を感情・人間工学・コアテクノロジーといった7つのカテゴリーに分けて評価します。

競合分析:まだ応えられていないニーズはあるか
価値ギャップ分析で整理した論点が、実際の市場機会として成立するかを確かめるため、既存の選択肢(ソリューション)を整理しました。
米国内で展開されている充電ソリューションを、価値ギャップ分析で重視した指標と照らし合わせ、どの価値がどこまで満たされているのかを比較します。
その結果、既存のソリューションが応えきれていない3つの領域が見えてきました。
- コミュニティ感覚を伴う共有所有構造
- コミュニティ感覚を伴う高いアクセシビリティ(場所あたりの充電器密度)
- プライベート所有を前提にした広域ネットワーク
ここで、ようやく「どの方向に進むべきか」の輪郭が見えてきました。

たどり着いた発想:増やさず、つなぐ
いくつもの案を出し合い、要件を検討し、コンセプトを簡易的に検証しながら、私たちは3つの方向性候補を絞り込みました:
1. 近隣での共同運営
隣人同士が充電器のネットワークを立ち上げ、クローズドなグループとして運営・維持する。そのためのガイドとプラットフォームを提供する。
2. 自宅充電環境のシェアリング
自宅に充電設備を持つ人が、近隣に住む人に有料で貸し出せるようにする。充電環境を「持つ人」と「必要な人」をつなぐプラットフォームを提供する。
3. 近隣での共同所有・共同利用
住民が電気自動車と充電器を共同で所有・利用できる共有スペースを提供する。
検討を重ねた結果、私たちが最終的に推奨したのは、2番目の方向性:自宅用EV充電器のためのシェアリングサービス(いわばAirbnbのようなモデル)です。
自宅に充電環境を持つ人が、そうでない人に対して時間単位・回数単位で充電環境を提供できるようにする。新たな設備投資を最小限に抑えながら、充電の不便さを地域の中で分散し、コミュニティの力を活かす――そんな可能性が見えてきました。
この方向性に対して、私たちは6つの要件と4つの推奨を整理しました:
必須 プロダクト要件
推奨 プロダクト要件
- 日常生活の中で自然に充電を統合できること
- 充電機会への不安を軽減すること
- 必要なときに充電できる道筋にアクセスできること
- ユーザーのニーズに応じて充電できること
- ローカルコミュニティとのつながりを促進すること
- 充電の進捗と環境への貢献を示す視覚的な手がかりを提供すること
- ユーザーのローカルアイデンティティを促進する
- 経済的・環境的影響について明確で親しみやすい情報を提供する
- 安心感を生む移動の道筋を設計する
- 充電の進捗と環境貢献を視覚的に示す
言葉と構造のあいだ
人を定義するのは、表明された意見そのものではなく、その意見に至った思考のパターンだと私は考えています。
だから私がこの仕事で大事にしているのは、課題を固定せず、ユーザーがその課題をどう認識しているかを読み解くことです。表層的な要望を集めるのではなく、行動の背景にあるメンタルモデルを捉え、それをチームが判断に使える材料へ変換する。
このプロジェクトでも、そうでした。「充電が不便」という言葉の裏には、負担の許容という境界線が見えた。「何が欲しいか」という問いの裏には、価値の判断基準が潜んでいた。
見えるものと、見えないもののあいだ。
この距離を読むことができれば、行動や感情をある程度予測できる。そこに、この仕事の意味があると思っています。